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 3コースに分かれてのタウンウォッチング&ワークショップ
 11月4日(土)14:00〜17:30、11月5日(日)9:00〜12:00


Aコース城内地区(旧武家屋敷地区)

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みどころ
 敷地単位が大きく堀沿いには屋敷林、汲水場、クモデ網などさまざまな景観が展開している。昭和初期から現在まで、敷地の細分化が進む。



 米多比氏の旧屋敷の隅にあった昔の防塁跡。



 三の丸の北西、坂本小路との境界にあった「弥兵衛門」の門外に架かる橋。すぐ傍には、現在の堀割の形を造った田中吉政公の銅像がある。



 新外町のお堀めぐりコース沿いに檀一雄文学碑建設委員会(会長古賀杉夫元市長)が、全国からの募金によって昭和62年に建立されたもの。碑文は長男太郎氏の希望で檀氏が望郷の想いを詠んだ「有明潟睦五郎の歌」が刻まれている。



 寛政年間、立花藩の勘定方であった吉田舎人が建造したもので、茶室として使用されてきた。庭園は本流から庭内に水を引き、池を通って本流に流れ出るように造られ、潮の満ち引きによって増減する。(国指定名勝)


Bコース柳河地区(旧町人地区)

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みどころ
 「材木町」「蟹町」「西魚屋町」「東魚屋町」などの地名から、かつての営みがうかがえる。寺社も多い。西鉄柳川駅に至近な為、マンション立地も多く、景観問題を抱える。



 旧柳川城下町本船津町に所在。敷地は、間口が狭いが奥行は相当長い。いわゆる「うなぎのねどこ」と呼ばれ、城下町の町屋では多く見られる。



 柳河小学校敷地内に所在。



 この地区には、寺社が多く20数件所在している。「西方寺」は柳河小学校の南側に位置する。浄土真宗西派。開山は足利安芸守政信、仏門に入って剃髪し法名を慶信という。



 センター内には「水の資料館」があり、柳川の堀割と人々のかかわりを通して、自然や水文化、暮らしなど、柳川の風土を学べる。


Cコース沖端地区(旧漁師町地区)

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みどころ
 お堀めぐり終点、白秋生家などがあり、現在は観光の一大拠点。公共事業による修景整備が進む一方で、昔ながらの柳川の景観の在り方について問い直されている。



 苑内には、「帰去来詩碑」が建立されている。「帰去来」の詩は、昭和16年の作で、福岡日々新聞社(現西日本新聞社)から「海道東征」の詩篇に対して贈られた文化賞受賞のため帰郷が決まった喜びの中で作られ、詩作品では最後の作とされている。



 詩聖・北原白秋は、代々柳川藩御用達の海産問屋を営む旧家に生れました。白秋の父の代には海産物よりむしろ酒造りが主となり、大変な繁盛ぶりでしたが、明治34年沖端の大火により類焼。その後、所有者が変わり、精米所や缶詰工場或いは佃煮工場として利用されていたが、いたみがひどく、昭和43年に県文化財指定を受け、翌年に復元された。



 明治43年に水産試験場(あげまき実験場)が創設されたのに由来する。



 柳川市稲荷町に所在し、蒲池統虎を祭る。参道には、他の神社と同じく狛犬や灯籠が並んでいるが、その他に亀に乗った浦島太郎や鶴の石造物も並んでいる。



 堀割の水は、この「二丁井桶」水門から、沖端川に流し去ります。



−2006日仏景観会議『柳川会議』実行委員会−